2014年10月30日1:19 PM

先日NHK BS1で放送された「1964から2020へ オリンピックをデザインした男たち」を観ました。前回の東京オリンピックのデザインプロジェクトがはじまったのは、戦後15年の1960年。日本のデザイナー80名が結集、若手時代の田中一光や横尾忠則も参加しています。

東京オリンピックに関係するデザインの白眉は、なんといってもシンボルマークです。丸と五輪と文字だけのシンプルな図案を赤と金で表現したデザインです。オリンピックの大会固有のシンボルマークを作ったのはこのときが世界で初めてで、以後各大会でシンボルマークが作られるようになったということを初めて知りました。ニッポンが世界の先駆けだったんですね。すばらしい。

このマークを作った亀倉雄策は、豊臣秀吉の陣羽織の赤と金のデザインにヒントを得て力強さを強調した図案を生み出したのですが、これでは飽き足らず、さらに一歩先の力強さを追求するためにとった工夫がすごい。それは余白の大胆なまでの削除です。天地左右の余白を常識的な範囲を超えるギリギリのところまで削りとって、「これ以上落とすものがない、必要なものだけでできあがっている」デザインを完成させました。

黒バックでみるとよくわかるので、以下、日本オリンピック委員会のサイトにリンクします。デザインの力、ビジュアルの力をあらためて感じます。

http://www.joc.or.jp/memorial/images/20080508/img01.jpg

デザインといえば広報の仕事にも無縁ではありません。広告とちがって広報の仕事では、クールなグラフィックデザインや斬新なアートデザインを自ら生み出さなければならない機会はないかもしれません。しかし、ビジュアルを意識すべきときはたくさんあります。

たとえば、メディア向けの説明資料や発表会でのプレゼン資料などでは、ビジュアルが説得力に大きな影響を与えます。話の聞き手が理解しやすいデザインという意味です。ぼくはプレゼンソフトを使った図表中心の資料作成が大の苦手で、どうしても文字中心の資料になってしまうのですが、それでも相手に気持ちよく資料を見てもらえるように、文字の大きさ、量、配置、余白の4つの要素には細心の注意を払います。

図や表以外の文字の部分がほとんどを占めるプレスリリースも、文章の内容とともに見た目もチェックしています。プレスリリースの草稿をプリントアウトして眺める。全体の黒と白のバランスをみるのです。

なんとなく黒っぽいときは、漢字が多くなっていないか確認する。パソコンのワープロソフトを使った文章作成は、かな漢字変換の機能によって漢字が多くなる傾向があります。また、漢字が多いということは漢語が多いということであり、一般に漢語が多いと読み手の理解が遅くなるといわれています。このことを、井上ひさしは「日本語教室」(新潮新書、2011年)の中で、「漢字倒れ」と呼んでいました。

反対にひらがなが多すぎるのも読みにくい。日本語には、英語や韓国語のような分かち書きの習慣がありません。ひらがな言葉が続いてしまう場合は、後にくる言葉を漢字にする、あるいは句点を入れるなどの工夫をしてみます。

この黒白チェックは、社内向けの企画書や顧客への報告書などの一般的なビジネス文書にも使えると思います。ビジネス文書は、読んでくれる人あっての文書なのだから、文書の内容と同じように見た目にも気をつかって、最後まで読みやすさを追求したいものであります。

ちょっとした視覚効果が、人間の感覚に少なからず影響を与えることは、日常生活でもあります。

俗にいう暗がりの煙草。真っ暗闇で煙草を喫っても、ちっともウマくない。なぜなら、喫煙というのは煙を吸い込んで吐き出すことだけをいうのではなくて、火を点けた煙草の先からゆらゆらと紫色の煙が立ち昇る様も含めた行為だからです。文字通り、紫煙をくゆらすのです。

しかし、この例は喫煙人口が劇的に減った今の時代にはそぐわないかもしれません。ぼく自身、煙草をやめてからずいぶんたつので、この感覚はすっかり忘れてしまいました。

ビールはどうでしょう。ぼくはビールを飲むときには透明のグラスに注がないとうまさが2割減します。泡のキメが細かくなるという陶器のビールグラスもあまり好きではありません。あの黄金色と純白の美しいコントラストを眺めながら飲みたいのです。

もちろん、村上春樹の小説のように冬の海辺でダッフルコートにくるまって缶ビールを飲むのもいいし、行ったことないですがカンクンのビーチでコロナビールをビンのまま飲むのもうまいと思います。人それぞれです。時と場所と状況によって、どんな風に飲もうがビールがうまいのにはかわりはありません。しかし、あのビジュアルがないと、なにかしら物足りないのです。

 

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